海に臨んで、春には花が咲き乱れる
25歳の若い中国の詩人、海子(Hai Zi) は「海に臨んで、春には花が咲き乱れる」(面朝大海,春暖花開) という詩を書いた2ヵ月後に、山海関の鉄道に横たわって自ら命を絶ちました。彼の遺書には、「私の死は誰とも関係ない」と綴られていました。以下は海子の有名な詩を私が翻訳したものです。
海に向かえば、心なごむ春
明日からは、一人の幸せな人になろう。
馬を飼って、薪を割って、世界を回ろう。
明日からは、ご飯やおかずに関心を持とう。
私は心和む(なごむ)海に面した家があり、一面に春の花が咲き乱れている。
明日からは、親しい人に一人ずつに便りを出そう。
彼等に私の幸せを告げるんだ。
幸せの霊光が私に言ったことを、
私は皆に告げていこう。
一筋の川ごとに、一山ごとに、暖かい名前をつけよう。
見知らぬ人よ、私もあなたのために祝福しよう。
願わくは、あなたに輝かしい前途がありますように。
願わくは、あなたが恋人と、最後にはめでたく結ばれ、家族となれますように。
この世にあって、皆が幸福になれますように。
なかでも、私が唯一願うのは、
海に臨んで、春には花が咲き乱れることである。
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The following is my translation of his famous poem, "Facing the Sea, Spring Blooming" (面朝大海, 春暖花開).
Facing the Sea, Spring Blooming
From tomorrow on, I shall be a happy man,
Grooming horses, chopping firewood, traveling the world.
From tomorrow on, I will tend to foods and vegetables,
Living in a house, facing the sea in the blooming spring.
From tomorrow on, I will contact each of my beloved.
Tell them of my happiness.
What the lightening of happiness told me,
I shall pass it on to each of them.
I will render every river, every mountain a warm name.
Strangers, I will also wish you well.
May you have a brilliant future.
May lovers eventually become wed.
May you be blessed in this mortal world.
Nevertheless, a mere wish of mine is to face the sea with spring blossoms.
面朝大海,春暖花開 ◎海子
從明天起,做一個幸福的人
餵馬,劈柴,周遊世界
從明天起,關心糧食和蔬菜
我有一所房子,面朝大海,春暖花開
從明天起,和每一個親人通信
告訴他們我的幸福
那幸福的閃電告訴我的
我將告訴每一個人
給每一條河每一座山取一個溫暖的名字
陌生人,我也為你祝福
願你有一個燦爛的前程
願你有情人終成眷屬
願你在塵世裡獲得幸福
而我只願面朝大海,春暖花開
本腰 Nov 10, 2024 22:10
彼は生命という詩に自ら終止符を打ったのですね。
詩人は鬱病になりやすいのか、はたまた、鬱病だから良い詩が書けるのか、それが問題だ。
Rosemary Nov 11, 2024 08:52
本腰さん、細かいところまで、丁寧に添削といろいろな言い回しの書き方をいただき、お礼を申し上げます。難しいですが少しずつ覚えていきたいと思います。
> 春には花が咲き乱れる
> 遺書に と綴られていました
> 海に向かえば、心なごむ春
> ご飯やおかずに関心を持とう
> 心和む海に面した家があり
> 親しい人に一人ずつに便りを出そう
> 皆に告げていこう
> 一筋の川ごとに、一山ごとに、
> 私もあなたのために祝福しよう
> あなたに輝かしい前途がありますように
> あなたが恋人と、最後にはめでたく結ばれ、家族となれますように
> この世にあって、
> 皆が幸福になれますように
> 唯一願うのは、
> 願わくは、
https://oggi.jp/194504
大変勉強になりました。心より感謝申し上げます。
・明日から「は」 ← 彼にとって、明日はないと思うと、悲しくなりました。
・命という詩に自ら終止符を打つ
← どうしても自ら命を絶つことはいけません。 これは宗教の説いた教えや修行の上での大切な教義です。最後まで耐えれば、最後の最後の最後の1秒間で救われるかもしれません。
・詩人は鬱病になりやすいのか、はたまた、鬱病だから良い詩が書けるのか、それが問題だ。
← 誰もが詩人だと思います。そのため、誰もが鬱病になりやすいのです。詩人としてはあらゆる感覚を書くことになるだけです。 一言でいうと、詩人は自分の筆で皆の魂の要望を紙に書くのです。
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本腰Nov 11, 2024 16:39
日本語の「鬱病」をGoogle翻訳で中国語(繁体)に翻訳すると「沮喪」になりましたが、これで合っていますか。
これだけを見ると、台湾人より日本人の方がより複雑な漢字(繁体字)を使っているみたいですね。
ところで、詩人と鬱病の相関性に関して、
詩人は、文字を使って人間の魂の喜怒哀楽を表現します。
作曲家は、音符を使って人間の魂の喜怒哀楽を表現します。
画家は、絵の具を使って人間の魂の喜怒哀楽を表現します。
詩人の方が圧倒的に思い詰める(鬱病になる)人が多いような気がしますが、作品(詩、音楽、絵画)の違いで微妙に何かが違ってくるのでしょうね。
その違いについて、Rosemaryさんの意見を聞かせて下さい。
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Rosemary🌿Nov 11, 2024 17:45
日本語の「鬱病」をGoogle翻訳で中国語(繁体)に翻訳すると「沮喪」になりましたが、これで合っていますか。
← 日本語の「鬱病」は中国語(繁体)の「憂鬱症 (Yōu Yù zhèng)」(depression)とは違いますね。「憂鬱症 (Yōu Yù zhèng)」とは、メランコリア (Melancholia) という意味です。「鬱病」とは、「沮喪 (Jǔ Sàng)」という意味が知りませんでした。教えてくれて、ありがとうございます🙇
これだけを見ると、台湾人より日本人の方がより複雑な漢字(繁体字)を使っているみたいですね。
← そうですね。漢字が同じでも、意味は全然違うことが沢山ありますね。
詩人の方が圧倒的に思い詰める(鬱病になる)人が多いような気がしますが、作品(詩、音楽、絵画)の違いで微妙に何かが違ってくるのでしょうね。
← 作家であれ、画家であれ、建築家であれ、全ての芸術家は自然を模倣する創造者であり、必ず一つの詩人の心を持っているはずです。
本腰さんの意見も聞かせて下さいね。
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本腰 Nov 11, 2024 19:30
私の意見はもっと科学的です。
言語(詩)は左脳が司る。
音楽や絵画(イメージ)は右脳が司る。
その違いで、詩人や作家は鬱病を発症しやすい。
左脳を酷使し続けると血流が悪化して神経が衰弱し、うつ病の症状が重くなるリスクがある。
クラシック音楽が「うつ病」の予防・緩和に役立つ。
https://www.della.co.jp/blogs/press-release/13235
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Rosemary Nov 11, 2024 19:56
私の詩は右脳で書かれますよ。そのため、私は左の手でタロットカードを引きますよ。
私の左脳の機能があまり良くありません。
なので、私の考えはインスピレーションと直感に向かう傾向にあります。
以前、私は右脳を酷使し続けたので、ずっと不眠症に悩まされたことがあります。
私には、クラシック音楽より、タロット占いの方が「うつ病」の予防・緩和に役立つことができます。(笑)
本腰さんにとって、左脳を使うか右脳を使うかと、どっちがよく使いますか?
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本腰 Nov 11, 2024 21:32
私は右脳と左脳をバランスよく使うように心掛けています。
私の添削で、元の文から最小限の修正をしているときは、「左脳添削」で、もとの文の影も形もなくなるような修正(書き換え)をしているときは、「右脳添削」だと思って下さい。
これはRosemaryさんの投稿の添削だけでなく、他のユーザーの投稿の添削でも、その時の気分によって「2種類の添削」があることは、私の添削履歴から見てみれば分かるでしょう。
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Rosemary Nov 12, 2024 14:40
私は右脳と左脳をバランスよく使うように心掛けています。
← 私は右脳と左脳をバランスよく使うつもりはありませんが、それは私の左脳は全然機能不全に陥っていますからです。そのため、私がただ右脳だけを上手に使えばいいと思います。
私の添削で、元の文から最小限の修正をしているときは、「左脳添削」で、もとの文の影も形もなくなるような修正(書き換え)をしているときは、「右脳添削」だと思って下さい。
← 私はこれをずっと前に発見しました。他の人が私の投稿を厳しく添削するなら、本腰さんは私の投稿の添削に対する思いやりのあることが発見しました。
これはRosemaryさんの投稿の添削だけでなく、他のユーザーの投稿の添削でも、その時の気分によって「2種類の添削」があることは、私の添削履歴から見てみれば分かるでしょう。
← 分かりましたよ。全然平気ですよ。