1947年の台湾での話。ある田舎の町並みの中を走っている汽車の中には、左右に農民や兵士と歩く力の弱い老人と女性、子供達が座っており、車窓の外には美しい田園風景が広がっていました。
ある日午前10時ごろ、軍服を着た男性が若い男性に近づき、「おい!お前!どこへ行くんだ?」と中国語で尋ねました。
その時、その若い男性は母語 (台湾語)を話してしまう恐れがあったので、黙っていて何も言えませんでした。もし、その兵士に台湾語を話すのがバレると、彼は即座に銃殺されてしまうに違いないことがはっきり分かっていました。残念ながら、当時彼は中国語を全然話せませんでした。
その悲惨で苛酷な時代では、太平洋戦争が終わったばかりの世界的な経済不況の中、台湾での学生達が学校で台湾語を話したならば、罰金を科されたに相違ありません。生き残ることさえ、すでに非常に困難な時期、もし学生自身が母国語を話すだけで罰金を取られたら、帰宅後間違いなく両親に叱られるでしょう。
台湾には、生涯一度もテレビを見たことがないという高齢者がいることを、今になって知りました。なぜなら、当時は政治権力のために他民族を中傷したり貶めたりするのが普通のことだったからです。
不使用母語的人 (3)
1947年的台灣, 一列在鄉間行駛的火車上, 左右兩排坐著農民/軍人和 一般的老弱婦孺, 窗外是美麗的田園風景。
早上十點左右, 一個穿著軍服的人走到一個年輕男字的身邊, 用中文問: 「你, 要去哪裡? 說 !」
這時, 男子不敢開口說話, 保持緘默, 因為他清楚的知道自己只要開口說出自己的母語(台語), 被士兵發現的話, 就會當場立即被槍殺。但不幸的是, 他也不會說半點兒中文。
在那個恐怖/艱難困苦的年代, 第二次大戰才剛結束, 全世界一片經濟蕭條中, 台灣的學生只要在學校開口說台語, 就會被罰錢。生活已經很困難了, 又因為說了母語被罰錢的話, 回家一定會被父母責備。
我後來才知道, 在台灣有一生都不看電視的老人。因為為了政權, 汙衊劣化其他的民族的事, 在那個年代是很正常的事。

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